清原絵画教室のブログ

神戸で絵画を学ぶ。初心者からプロまで。

2009年06月

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この手作りの筆立て、実は何と伸縮できます。
手作りなのに、この機能…すごいです!

道具をカスタマイズ(=使いやすいように自分流に改造したり調整すること)することは、とても大事だと思います。

生徒さんに教えられました。

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KCC三宮のミントの色鉛筆教室のAさんの筆立てです。
一見何の変哲もない空き箱ですが…

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9日の火曜日、美術作家の榎忠(えのき・ちゅう、愛称エノチュウ)さん(左)と、仕事でお世話になった金本さん(右)の3人で食事をしました。


1970年代に前衛美術グループ「ジャパン・コウベ・ゼロ」で活動されていた榎忠さん。その頃の逸話をいろいろ聞かせてくださいました。岡本太郎の「太陽の塔」の万博で幕を開けた70年代。美術の世界はとても騒然としていたと思います。忠さんはあるめでたい宴で祝いの大砲をぶっぱなし、それが引き金になって、そこにいた人の魂に火をつけたのでしょうか、祝宴は大乱闘になったそうです。


 90年代に美術の世界に入った私は、60年代70年代に活躍されてきた作家さんとお会いすると、戦国時代を生き抜いた宮本武蔵や塚原卜伝のような古武士を思い浮かべます。幕藩体制、武士の価値観、あるいはアカデミズムに規定された階級的侍とは違う。実際の生存を常に危険にさらしながら自らの兵法を開発し、自律的に価値観を確立した侍です。


 「最近の動向に疎くなってしまいました。」という私に、「動向なんて関係ない」とさらっとおっしゃった忠さん。


 そうですね。


 美術家たる者、空気なんか読むな。


いや、大きな仕事をする人が人一倍デリケートに、人情や状況の機微・文脈を読むことを私は知っています。断言します。すばらしい仕事をする人は必ず高感度のセンサーを機能させている。 けれども、それでは突破できない限界がある。自分を助ける兵法と、絶対に譲らないポリシーが要るのです。貫かなければならない「もの分かりの悪さ」が要るのです。


 幕藩システム侍で終わるか、技術思想を樹立した古武士で生き残るか?


 組織を軽視するわけではありません。そうではなく、システムの限界を突破する力がアートには要求される。そこを私はちゃんと生きれられるのか?ということです。


 大阪万博のお祭り広場の基幹施設は、丹下健三率いる建築家チームによって、窮極のモダニズムに基づいた模型がすでに完成していました。その大屋根を突き破って70メートルの「妙なこけし人形(磯崎新談)」を立てた岡本太郎。建築チーム主要メンバーの磯崎新は後に「負けた!」と語ったそうです。


現在の万博公園のお祭り広場に、そのときの建造物は残っていません。唯一つ、「太陽の塔」を除いては。


 (椹木野衣著「黒い太陽と赤いカニ」を参照しました。)


 


 榎忠さんは今年10月の神戸ビエンナーレに招待作家として出品参加します。忠さんの世界に触れてください。皆で見に行けるといいですね。

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少し前から、人の体の線がこのように変わりました。

聞けば、以前はこの絵のようにかちっと古典的なフォルムで描いていたのを、現代的な雰囲気を出すために封印していたそうです。
それを最近復活させました。私はこの画風がとても好きです。
一見クラシック(正統で規範的)な題材、そしてクラシックな画風です。トランプの絵柄のようですね。けれども、現代人にしか描けないテイストがあると思います。

私が好きなのは首の動き。英雄的なポーズなのに柔らかく首をかしげ、くつろいでいます。そして左足に重心をかけながら右足を少し浮かせた感じや、剣をすっとまっすぐに、しかし軽やかに掲げた構え。隙のない中にもいい具合に力が抜けていて、武芸者が見ても美しく見えるのではないかと思われるのです。
これから戦いに臨むのかもしれません。けれども当人は植木の手入れでもやっているかのような屈託のなさ。どこへ行こうというのでしょうね。このあてどない世界、無作為な雰囲気は、禅の世界を思わせもします。

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そうですね、意識して描けるものではないんですよね。だからこそこのような無作為な雰囲気が出たのだと思います。
けれども、武芸でも踊りでも、スポーツでも落語でも、その恩寵のようなものは、不断の努力をする者に不意に与えられるのだと思います。

そうした実直な努力の中で、すっと力が抜けたとき、あらゆるものがうまくいく、ということがあります。
この絵の場合、背景の雲はファンファーレのように響きあってこの人の強さ、しなやかさ、穏やかさにこだましています。

私にはそれが、作者の創造の喜びのこだまのように見えます。

















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伊勢田君の個展で最も印象的だったのは、20号パネルを2枚くっつけた作品(写真)です。一度2007年に完成させたものを大幅に改造していました。
私はこの作品に作家の精神性を最も直接的に感じました。絵画を描く行為は、いわゆる右脳的というか感覚に依拠していますが、伊勢田君の仕事は、そういう感覚的な領域で強く魅力を発するな、と思いました。

デザイナーの強みは、自分の仕事をうまく世間にアップロード(=ネットワーク上に転送)できるということですが、そのような人が、コンテンツ(=内容)としての豊かな絵画表現を身につけたら素晴らしいですね。
この展覧会はそういう可能性を見せてくれました。















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