清原絵画教室のブログ

神戸で絵画を学ぶ。初心者からプロまで。

2013年09月

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今日はトアギャラリーに行って来ました。

何点絵を飾れるか、調べてきました。

ワイヤーの数:92本(+階段のワイヤ5本)

1フロアあたりの展示可能壁面の長さ:およそ27m

1mあたりにつき飾れる4ツ切サイズの額:2点(写真参照)

すなわち、27m×2点×2フロア=108点、壁面に飾ることができる。

オーナーの崔さんは虫ピン使用可と言ってくださったので、ワイヤは92本だが108点可能ということになる。

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次回の教室展の構想:

できれば希望者は2点以上出せるようにしたいと思っています。

今まで通りの大きさ(4号・天角木地額4ツ)なら108点が上限と考えられます。ただしギチギチですが。

1点追加につき参加費1000円追加というようなイメージですが詳細はこれから検討していきます。

生徒さんは少しでも多く出せる方が嬉しいと思います。1点で精一杯という方はそれでもいいですが。3点とか5点とかもできたらいいかな?先着100点みたいな感じかな?ただし人数優先です。複数出す人で100点埋まってしまって出したいのに1点も出せない人が発生するのはだめ。

さらに…

2段がけもありと考えれば最大204点の展示。

スマートさを犠牲にしても、たくさん出品していただいて迫力ある展示にすることも検討していいと思います。これからはそうしたレボリューションも必要でしょう。

そして質より量を標ぼうしている清原絵画教室ですから。

あと、8号や10号といった大きな作品にとりくんでいる生徒さんもおられます。

そういった方には大きな作品の出品もありかな?と思っています。

あとは作品販売、ポストカード作成サービス、ポストカード販売にも挑戦したいです。

10月には展覧会の参加案内を発表したいと思っています。

来年の教室展はたくさんの参加者、たくさんの出品でおおいに盛り上がりましょう!!

写真は1mの壁面にに額何点かざれるか計っているところ。箱のところが左端から1mです。2点可能ですね。



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再掲失礼。7月21日にフェイスブックに私が投稿した画像↓
「風立ちぬ」のラストに描かれた映像が象徴的だった。
崇高な使命を背負って飛翔する飛行編隊と対になって、破壊と屈辱に満ちた空爆が存在するというコンセプトが、リアリズムと理想美の対という形をとって表されている点で、この映画を絵画のようだ、と私は評した。従来の物語的手法ではなく、絵画として象徴的に語らせた点がこの映画の絵画性、もしくは芸術性だと思う。

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1985年のポタラ宮
イデアの城
唯物論に対するスピリチュアルの優位
構造に対する機能の優位
その象徴

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浄土、すなわち清らかな空間というものについて、昨日から考えていることを書こうと思う。

1985年に私は中国が抱える二つの辺境、新疆ウイグル自治区とチベット自治区を旅した。上海から3泊4日で新疆ウイグル自治区の省都ウルムチに向かう列車は混沌のマジカルミステリーツアーであり、列車で出会った多くの中国人との触れ合いがあったのだが、せっかく仲良くなった人と4日目にちょっとした行き違いからケンカになってしまった。

車窓から見える砂漠を見ながらしょんぼりと西瓜を食っていると、涙が後から後から流れてきて抑えることができなくなり、寝台の毛布をかぶって大声で泣きじゃくってしまった。止まらない嗚咽というものに狼狽しながら私は圧縮した感情を噴出した。恥かしい話だが、まあ青かったのである。

私はその号泣体験を、ずっと、行き違いから生じた喪失、自責の念に由来するものだ思っていたのだが、昨日ちょっと違う解釈が浮かんだ。

ふいに涙があふれてきた瞬間、何か緊張の緩和があったのではないか?と。
そしてそれは列車がウイグルに入ったのと同じ頃だったのではないか?と。
そしてそれは(かつて文化大革命という宗教弾圧を是とする)革命的空間=殺伐とした「圧」に満ちた空間から、スピリチュアルな空間に入った瞬間だったのではないか?と。

そこに列車が突入した瞬間、空気が変わり、浄化作用(カタルシス)が発生した。
そういう解釈である。細胞が安らかな気配を感知した。そんな解釈。

新疆ウイグル自治区。そこはインドに続く天山南路、玄奘三蔵や鳩摩羅什ゆかりの仏教伝来ルートであり、正午になるとメッカに向かって礼拝をするコーランの響く世界だった。

私は、ある特定の土地や空間には聖なる空気が漂っている、ということを首肯する人間である。美術を専門にしているとそういった知覚が高まることはあり得ると思う。高野山や伊勢には何かあると感じる。19歳当時は察知できなかったが、天山山脈とタクラマカン砂漠に抱かれたそこは広大なパワースポットだったのではないだろうか?という空想。美術家ならそこに信を置くべきだと思う。

それから間もなくして、列車はウイグルの省都ウルムチに着いた。入国以来肩にのしかかっていた緊張は霧消し、憑き物が落ちたような安堵感とともに、私はプラットホームを歩いた。前方には、迎え入れるように天山山脈がそびえていた。

…写真はチベット自治区の省都ラサに向かうバスの旅の途中のもの。
チベット、もう一つの清らかな空間=浄土。

あ、一応言いますと、この人、28年前のワタクシ、清原健彦です。

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ナガサワ「神戸インク物語」を使用して描いた絵(テストケース含む)。
舞子グリーン、垂水アプリコット、塩谷ブルーを用いています。
水の溶き具合で多彩に変化する表情と発色の良さが刺激してやまず、飽きずに何枚も描いてしまいました。

http://www.kobe-nagasawa.co.jp/original/ (写真5枚)

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